「そのような緊張感あふれる工芸美学は、例えば、柳宗悦が「民藝舘のすべての蔵品を、この1個に換えても良い」と激賞し、持ち主の芹沢銈介から譲り受けたという縄文時代晩期の岩偶や、濱田庄司が所蔵していた同じく縄文晩期の遮光機土偶にも顕れている。これらは、柳たちが好んで蒐集した生活道具のイメージからは逸脱しているかもしれない。だが、その理論を超えたところで激しく柳や芹沢、濱田の心をつかんだのは、このような得体のしれない美を含んだモノたちであったのだろう。
民藝という思想運動のなかで作家活動を続けた岡村吉右衛門は、興味深いことに「民藝」の運動それ自体が、じつは過去から続く工芸のルネッサンスのひとつであったことを、印象深く記している。岡村は、いわば民藝のプロトタイプとして、縄文時代・弥生時代から鎌倉時代までの「プロト民藝」の段階を想定する。」