「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」パット・シップマン著、河合信和監訳、柴田譲治訳より |
2022年1月22日(土)ー3月6日(日)
「さらにわたしたちは他の動物を家畜化することによって生きた道具を発明し製作することもしてきた。繁殖を制御することで、動物の遺伝子から望ましい形質が現れるようにしたのである。そうすると家畜動物と飼い主である人間との間にはある種の契約、あるいは協定が形成されることになり、わたしたちは家畜化した生物の解剖学的、行動学的能力の助けを得ることができる。」
「わたしが本書で論じるのは、ネアンデルタール人の絶滅は彼らの生息域に現生人類が出現したことが引き金となったという仮説で、かいつまんで言えば、現生人類はこのうえなく適応能力の高い侵入生物であり、現代のわたしたちもこの絶滅が生じた時代の現生人類とまったく同じように行動しているということだ。」
「イヌ属(Canis)の全現生動物であるイヌ、オオカミ、コヨーテ、エチオピアンオオカミ(アビシニアジャッカル)、そして3種類のジャッカルは、野生状態で交雑可能でしかも生殖能力のある子孫を増やせることも問題を難しくしている。つまり最初にイヌが家畜化された後も、イヌの種内に外部からの遺伝子流動があったため、イエイヌの正確な起源の同定が難しいのだ。」
「(前略)『先史芸術家が肉食動物をめったに描かないのは[西ヨーロッパの]上部旧石器時代の化石動物相に肉食動物が少なかったことと関連している。イヌが狩猟民の補助者として人間の家族の一員となっていれば、人間と同じように、絵や彫刻として描かれない(あるいはほとんどない)根拠とならないだろうか?』
明らかに毛皮を得るために毛皮を剥がれた例外的に多数のイヌか動物の骨が含まれるマンモス骨出土の大型遺跡でさえ、オオカミもイヌも、またホッキョクギツネも芸術の対象にはなっていない。象牙、骨、石、そして焼いた粘土でマンモスやウマ、バイソン、クマ、ネコ科動物、水鳥、ライオン、女性小立像は表現されている。しかしイヌはみつからない。」
「イヌであるということは、すなわち人間とのコミュニケーションが基本であるということであるので、以前わたしが発表した、不確かではあるが興味深いアイデアをここで繰り返しておこう。人間には眼球に一部として、色のついた虹彩を囲む白い強膜があるが、これは際立った特徴だ。(中略)他の霊長類の強膜は暗色で、同じように暗色の皮膚をもちさらに瞼で強膜はほとんどが覆われているため、視線方向を悟られにくい。しかし人間の場合は、白い胸膜に開いた瞼があるので注視している方向が遠方からもはっきりわかり、見ている方向が水平ならなおさらよくわかる。そこで幸島はこうした人間の目の変化は、目で合図を送る効果を高めるための適応だと提案する。わたしは仮説として、5万〜4万5000年前頃、つまり現生人類が初めてユーラシアに侵入した頃に、現生人類の間ではこうした眼球の変異が非常に多く見られるようになったのではないかと考えている。視線方向がわかりやすいことは、オオカミイヌと協力して狩猟をするばあい、非常に有効だった可能性がある。」
「5万年前から今日に至るまで、現生人類が圧倒的な侵入者となり得たのは、家畜化という前例のない多種との連帯形成能力が要因のひとつだったとわたしは考えている。わたしたちはオオカミを家畜化してイヌを生み出し、ずっと後には野生ムフロンをヤギにし、オーロックスをウシに、リビアネコをイエネコに、さらにウマを高速輸送システムに変えた。わたしたちは他の種の形質を借り受ける能力を独力で生み出し、それらを利用して地球上のどんな生息地でも生き残れる能力を身につけた。
気候変動と新たな能力を身につけた現生人類の到着が重なりその影響が同時に作用したこと、それがネアンデルタール人絶滅の原因だとわたしは考えている。」
「もうお気づきのことと思うが、わたしたち現生人類の正体は「侵入者」なのである。将来、地球の敵と遭遇したとき、それがわたしたちでなかったとすれば大成功だ。だがそれにはまず、わたしたちの行動を大きく変えていかなければならない。」