「つくられた縄文時代 日本文化の原像を探る」山田康広著より 2

「近代国家が誕生して行く過程において、新たに様々な「伝統」が創られ、国民に強要されていくという事象は汎世界的に多々存在したことが、ホブズボウムらの研究によって明らかにされている(ホブズボウム他1992)。昔からあったもの、伝統的なものとされた様々な社会的事象が、実は近代になって新たに創作されたものであったということは、非常に多い。これは日本においても例外ではなかった。明治維新後に国民を統制する観点から、イエ制度・長子存続など、民法の規定をも含む新たな「伝統」が確立され、天皇家を頂点とするイエ制度による国家体制が整備されるようになると、それを思想的に基盤付ける「系譜的な死生観」が強く必要とされたことが、昨今の現代史の研究によっても明らかとされている。」

「また、日本が日清・日露戦争を経験し、多数の日本人が国外で死亡する事例が相次ぐようになると、従来の日本の伝統的社会に存在した「亡くなった人の霊魂は、近傍の山などに登り、そこから私たちの生活を見守っている」(柳田1946)といった、霊魂観・祖霊観は成立し難くなってしまっていた。そのような「さまよえる霊魂」を国の管理の下で一括祭祀したのが靖国神社である(村上1974)。戦死者を弔うために、靖国神社ではこれを神として扱い、系譜的な死生観である「先祖代々」の中の殊勝者として位置づけ、国民に対し、これを「国民としてあるべき、そして誇りに思われるべき死者」として提示した。さらに、遺族たちは「誉れの遺族」として恩給を受け、精神的・経済的にも国家の監視下に置かれることになった(一ノ瀬2005)。」このような霊魂管理システムを構築した近代国家としての日本では、死者の霊が勝手に生まれ変わったり、回帰・循環しては困るのである。」

「本書の第1章から第4章で述べてきたことは、主に以下の七点である。

1:第二次世界大戦前においては、「縄文時代」という言葉が用いられることはほとんどなく、ほぼ一律に石器時代という呼称が使用されていた。「縄文時代」という言葉・概念は、「弥生時代」とともに、発展段階的な視点から戦後における「新しい日本史」を記述するために用意されたものであり、その意味では政治的な側面を有している。
2:したがって、歴史を叙述するにあたって「縄文時代」・「縄文文化」と言った場合、それは当初から「日本」における「一国史」としての枠組みが前提とされる。当然ながら、「日本」以外には、「縄文時代」という概念は存在せず、世界史的には、本格的な農耕を行っていない新石器時代というユニークな位置付けが与えられることになる。
3:このような「一国史」において、「縄文時代」という用語の一般化は、戦後の「日本」が真の独立国家としての歩を軌道に乗せた頃と時期を同じくする。これは、「日本」が独自の歴史を語り始めたということに他ならない。
(中略)
7:また、「縄文時代」・「縄文文化」の捉え方、およびその研究動向は、日本社会における世相に大きく影響を受けてきた側面がある。したがって、「縄文時代」のイメージも、誰もが平等な理想社会から、生まれながらにして身分格差のある階層化社会まで、世相およびそれに起因する縄文時代に対する社会的ニーズによって変化してきたと言える。」
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by mt_pineart | 2016-09-28 00:34 | 本の抜き書き | Comments(0)

「ヒロイン図」ヌード


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ヒロインズモウコズ
heroines don't come anymore

油彩、キャンバス
oil on canvas

33.3×24.2cm (F4)

2016






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ヒロインズモウ
heroines more

油彩、キャンバス
oil on canvas

33.3×24.2cm (F4)

2016







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ヒロイン図コウズ
heroines composition

油彩、キャンバス
oil on canvas

33.3×24.2cm (F4)

2016

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by mt_pineart | 2016-09-27 11:55 | works | Comments(0)

「ヒロイン図」顔


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ヒロイン図
heroines

油彩、キャンバス
oil on canvas

27.3×22.0cm (F3)

2016







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ヒロインズエンコ
heroines connection

油彩、キャンバス
oil on canvas

27.3×22.0cm (F3)

2016







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ヒロインズコズエ
heroines Kozue

油彩、キャンバス
oil on canvas

27.3×22.0cm (F3)

2016


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by mt_pineart | 2016-09-27 11:51 | works | Comments(0)

「ハドソン川の奇跡」

安定のクリント・イーストウッド、ハリウッド現役監督最高齢86歳。
「死」によっての(「ミリオンダラー・ベイビー」「グラン・トリノ」)と同様の感情をもたらす「生」による感動。
あるいは「負」に対する「正」。

パンフレットより
トム・ハンクスインタビュー
「噂通り、クリントはリハーサルをまったくやらない。ゼロだ。台詞の読み合わせもやらせない。カメラがまわったとき、初めて台詞を口にするんだ。そんなやり方は初めてだから、(中略)メイク室に隠れて練習したこともある。でも制作のティム・ムーアに見つかって、「ボスがリハーサルなどやるなと言っている。さっさとホテルに戻れ」と叱られたり(笑)。」
「クリントは役者と監督としての長いキャリアのなかで、些末なことにこだわるばかりに勢いや直感が現場から失われてしまうのを目の当たりにしてきた。(中略)そして、クリントは最小の手間でそこに辿りつこうとするんだ。とても新鮮な体験だったね。」

限界を知る男たち 町山智浩より
「イーストウッドも判断が速い。彼はハリウッドで最も早撮りの監督として知られている。現場ではセッティングに決して時間をかけない。撮影も一発ないし2回目でOK。「J・エドガー」に主演したレオナルド・ディカプリオは何種類か違う演技を試させてほしいと要求したが、イーストウッド監督にその必要はないと拒否された。イーストウッドは45年もの監督経験で、できることとできないことを知り尽くしている。
「人は自分の限界を知るべきだ」
 それは「ダーティハリー2」の最後のセリフだが、イーストウッドは座右の銘としてよく口にする。」

クリント・イーストウッドインタビューより
「ー 最近のハリウッド映画はVFXを駆使した大作映画ばかりですが、そのことについてどう思いますか?
 そうした作品に反対するつもりはない。みんな、作りたいと思うものを作るべきだ。個人的には、ストーリー重視の作品が好きだし、小規模の映画のほうが楽しいと感じる。」
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by mt_pineart | 2016-09-27 01:00 | 映画 | Comments(0)

「つくられた縄文時代 日本文化の原像を探る」山田康広著より

「多くの人々が習ったはずのこの縄文時代という概念は、あくまでも第二次世界大戦後に「新しい日本の歴史」を語る上で用意された、いわば政治的なものであり、国外では内容的にこれに該当するような時代・文化は存在しない、日本独自の極めてユニークなものだと言ったら、読者の方々はどう思われるだろうか。
 あるいは、その縄文時代の定義や内容をめぐって、現在の考古学では侃々諤々の様々な議論が行われており、未だ決着を見ていない、と言ったら、いかがであろうか。」

「デーニッツにしてもベルツにしても、日本人は多様な人種の混交によって形成されたことを主張しており、ここには後年主張されるような「日本人は単一である」というような考えは影も形もない。
 (中略)20世紀初頭の日本人の人類学者達は、上記のような「日本人混交成立説」を支持していたようであり、繰り返すがそこには「単一民族」なる言葉は一切出てこない。 
 ちなみに現代の人類学においては、人種という概念はあまり重要視されていない。これは現在ではいかなる人種もホモ・サピエンスという同一の種に含まれることが判明しており、自然環境への適応の仕方によって様々な形質が発現しているだけと考えられているからである。」

「現代人は現代人であり、縄文人似、弥生人似といった言説には、さしたる裏付けもないことが多い。」

「古い文化が大陸の影響を強く受けた新しい文化によって駆逐されるという縄文時代から弥生時代への移行の構図は、欧米風文化が急激に流入し生活文化が大きく変化した昭和20〜30年代の社会的情勢を考慮した場合、非常に聞こえのよい言説であったに違いない。弥生時代の語およびその基本概念は、戦前・戦中から戦後・高度経済成長という世相的構図ともリンクしつつ、新生日本史の象徴としても普及したとも言うことができるだろう。」
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by mt_pineart | 2016-09-27 00:30 | 本の抜き書き | Comments(0)

「地域アート」藤田直哉 編・著より

「「地域アート」の中で、芸術作品は、かつてのロマン主義の時代のように、作家の内面から「自由」に創造されるものではなく、ある制度や規制の中で作られるものへのと変化しています。その具体的な「制度」と「作品」の関係と奮闘を、可能な限り言語化し、議論のテーブルに乗せようと努めました。」

「まちづくりと「地域アート」ー「関係性の美学」の日本的文脈 星野太×藤田直哉」より
「星野:まず言えることは、確実に揺り戻しがあるだろうということです。現在の非物質化した芸術が市民権を得て一般的なものになり、今後も数多く作られていくだろということは容易に想像できますが、やはりどこかの段階で物質的なものへの揺り戻しが起こってくるはずです。コンテンポラリーな作品に限ってみても、アート・マーケットを尺度として考えれば、非物質的な作品よりも物質的な作品のマーケットのほうが圧倒的に大きいわけですよね。他方、「関係性の美学」とそれに連なる動向は、「物質」を中心とするマーケットからこぼれていく作品を理念的に包摂するためのセーフティーネットのような側面がある。」

「「地域アート」のその先の芸術ー美術の公共性とは何か 遠藤水城×田中功起×藤田直哉」より
「田中:アンチ・スペクタクルのアートが良くてエンターテインメントがダメだというわけではありません。僕たちが現在使っている思考のフレームは信用ならないということです。長い年月のなかでは何が残っていくのかは誰にもわからない。」

「エステティック・コンディションー美学をかこむ政治や制度 藤井光×藤田直哉」
「藤井:市町村の合体と編入が流動化した時代ですが、裏を返せば、地域同士が戦い合う弱肉強食の世界が広がった。その前衛としてゆるキャラが登場する。」
「藤井:ゆるキャラもその一つだし、地域アートも数ある活性事業のオプションの一つにすぎない。生を求めるならなんでも取り込みますよ。
 藤田:原発でもいいと。
 藤井:原発でもよかった。」
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by mt_pineart | 2016-09-26 23:59 | 本の抜き書き | Comments(0)

「写真の絵の絵の具箱」


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写真の絵の絵の具箱
(蝋燭カドミウムオレンジ)
photo painting paint box
(candle cadmiumu orange)

写真の絵の絵の具箱
(蝋燭カドミウムイエローディープ)
photo painting paint box
(candle cadmiumu yellow deep

写真の絵の絵の具箱
(蝋燭レモンイエロー)
photo painting paint box
(candle lemon yellow))

板、油彩
oil on board,

20cm×20cm×20cm

2015

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by mt_pineart | 2016-09-08 12:04 | works | Comments(0)

「絵の具の絵の絵の具箱」


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絵の具の絵の絵の具箱
(カドミウムレッドディープ)
paint painting paint box
(cadmium red deep)

絵の具の絵の絵の具箱
(チタニウムホワイト)
paint painting paint box
(titanium white)

絵の具の絵の絵の具箱
(コバルトグリーン)
paint painting paint box
(cobalt green)

板、油彩、絵の具、絵の具皿
oil on board, paint, dish for mixing paints

20cm×20cm×20cm

2015








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絵の具の絵の絵の具箱(シルバー)
paint painting paint box (silver)

絵の具の絵の絵の具箱(ゴールド)
paint painting paint box (gold)

板、油彩、絵の具、絵の具皿
oil on board, paint, dish for mixing paints

20cm×20cm×20cm

2015

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by mt_pineart | 2016-09-08 11:48 | works | Comments(0)

美術手帖2016年8月号より

「キャラクターは動員する 21世紀の「萌える」ブロパガンダ?」辻田真佐憲より

「1938年2月に行われた「思想戦講習会」で、陸軍省新聞版(陸軍のプロパガンダを担当する部署)に所属する清水盛明中佐は、次のように説明している。日中戦争が開戦して約半年後のことだ。
「由来宣伝は強制的ではいけないのでありまして、楽しみながら不知不識の裡に自然の感興の中に浸って啓発教化されて行くといふことにならなければいけないのであります。」(「戦争と宣伝」)
 プロパガンダは無理やりでは効果がない。そうではなく、楽しく、自然に浸透するものでなければならない。そのためには、マンガ、映画、演劇、音楽などエンターテインメントを活用するのがよい−これが清水の主張だった。そしてこの主張は、帝国日本の「思想戦」研究のひとつの到達点であった。」

「これに対し、米国でもプロパガンダの戦いは「心理戦争」と呼ばれ、やはり重視された。そして日本人が恐れたように、様々な人気キャラクターが戦争動員に利用された。
 その代表作は、ディズニーのアニメ「総統の顔」(1934年)であろう。ドナルド・ダックがナチス・ドイツを模した「狂気の国」で暮らし、様々な不条理を強いられるという内容だ。そのなかには「ハイル・ヒトラー!ハイル・ヒロヒト!ハイル・ムッソリーニ!」と叫ぶシーンさえある。」

https://www.youtube.com/watch?v=VihggRSvVic



ワールドニュース ベルリン1 かないみきより
「ファンシーなショッピングモールにでもやってきたかのようだ。広告や商業ディスプレイのようなヴィヴィッドでときに奇抜なイメージ、近未来的なインスタレーションや映像の数々に、クールなデザインでディレクションされた会場内。オープニングに来ている顔ぶれにも、カッティング・エッジな装いや髪型の若者たちが目を引き、DISの世界観が鮮やかに立ち上がる。」



否(アン)パン人間 「生きるアート 折本立身」展 椹木野衣より
「けれども、本展がそこに留まらないのは、これまで日本ではほとんど見る機会のなかった膨大な数のパワフル、カラフル、そしてワイルド極まりないドローイングが壁面をところ狭しと埋め尽くす様で、これはもう圧巻というしかない。」
(こんなことを感じるのかと思ったので)



海と火山「秋山陽 アルケーの海へ」展 清水穣より
「より標準的な応答としては「素材相対主義」(金子賢治)が挙げられよう。オブジェや彫刻の本質は非物質的なイデアにあるから、それを彫刻家はあるときは大理石、あるときは木で表現する。対照的に、陶芸の本質は素材と制作プロセス(土と焼成)に内在する、つまり陶芸とは「土とは、焼成とは何か」を追求するメディウム・スペシフィックな芸術の最たるものであり、その限りで陶芸のモダニズムがあり得た、と。」
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by mt_pineart | 2016-09-07 01:31 | 本の抜き書き | Comments(0)