アートコレクターズ2015年2月号

アートコレクターズ2015年2月号に、2月の個展情報掲載されています。
http://www.tomosha.com/collectors/6130
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by mt_pineart | 2015-01-25 14:58 | 掲載記事 | Comments(0)

Art Stage Singapore

Art Stage Singaporeに出品しています。
SHOICHIROのブースです。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10203194721770333&set=pcb.10203194722650355&type=1&theater



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by mt_pineart | 2015-01-22 00:08 | artfair | Comments(0)

「イメージ・リテラシー工場」より

「イメージは、まず、技術的な対象である。三次元の世界から、なんらかの支持体(基底材。絵画ではカンバスのこと)の二次元の表面 ー 壁、印画紙、布、スクリーンなど、デコボコしていようと、曲がりのないものであろうと、あるいは広大な広がりのあるものであれ ー に移行するには、実現に当たって、さまざまな身体的技術、道具、材料に訴えなければならない。これらは文明間でも際だった多様性があるため、それぞれに独自の社会的、文化的機能と使用法があり、そこには独自の歴史が存在する。
 イメージは、また視覚的記号であり、視覚的に再現することを通して私たちを他の事物へと向けるものである。類比的な再現が,西洋文明では圧倒的力をもつ。イメージとそのモデルとの多かれ少なかれ完全な類似、つまり〈形象的リアリズム〉は、私たちの習慣に深く根づいている。私たちは、絵画、デッサン、写真、映画などで再現の様式が認知され、広められると、私たちの知覚や思考の方法に深く浸透し、それが私たちにとって当たり前のものとなってしまう。」

(絵画と写真)
「しかし、だからといって、写真が現実の表現を引き受け、現実の代替物になったわけではない。写真的視覚が、眼の視覚と混同されることはありえない。二十世紀の多くの芸術家は、何が、現実の空間と写真に写された空間を区別し、同時につながりあるものとするかについて考えてきた。写真は、人が外観を認識するための道具になる。」

(写真、見えるものと視覚)
「1.眼は暗箱というわけではない。眼がとらえる形は、湾曲した凹面(網膜)上に投影されたものであり、一方、カメラ・オブスクーラによって生みだされる像は、平面上に投影されたものである。視野の形は、回転楕円面である。他方、写真像はファインダーが捉えるイメージの、長方形ないし正方形のフレームに刻み込まれている。このフレームの形は文化的に固定された形であり(水平軸と垂直軸からなる)、デカルト座標体系のように機能する。

2,私たちは両眼で見るが、一方、写真機はレンズが1つしかない。写真的視覚は、単眼視である。さらに、私たちの眼は絶えず動いているが、レンズの視覚は固定している。」

(自画像)
「アルブレヒト・デューラーが、このジャンルの最初の絵画を1493年に制作する。彼の『自画像』において、職人は芸術家になる。つまり、創造者の威厳にまで達し、自分自身の特徴を刻み込むことで自分の作品を個性的にするのである。」
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by mt_pineart | 2015-01-21 23:59 | 抜き書き | Comments(0)

「ニセ医学」に騙されないために NATROMより

「まず「ニセ医学」とは、医学のふりをしているが医学的な根拠のないインチキ医学のこと。大雑把にくくれば、ニセ医学はニセ科学に含まれる。
 ニセ科学とは、科学のような見かけをしているが、科学的な根拠のないものだ。たとえば、血液型と性格には強い関係があるという「血液型性格診断」、水に「ありがとう」という言葉をかけて凍らせると、きれいな結晶ができるという「水からの伝言」などがある。これらのニセ科学は、人事に利用されたり、教育の現場に入り込んだりして問題となっている。」

 健康食品は安全か
「そもそも、ときどきならともかく珍しいキノコやら果物やらを大量に毎日摂取することは、きわめて不自然である。健康食品を売る業者は「毎日の習慣に」などと宣伝するが、別に消費者のためを思ってのことではなく、たくさん消費されたほうが儲かるからである。」
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by mt_pineart | 2015-01-16 13:13 | 抜き書き | Comments(0)

「話の話」の話 クレア・キッソンより

「要するに我々は、題名を「灰色狼の仔がやって来る」から「話の話」に変えることに合意したのだ(私はいつも前者の方が相応しく雰囲気を醸し出してくれるように思っていたのだから)。」

 「ノルシュテインは依然として大衆に敬愛されており、特に「話の話」と「霧の中のハリネズミ」はあらゆるロシア人にとって子供時代の一部だ。」

「アオサギとツル」について
「なんとか一緒に暮らしたいとは思ってはいるが、互いの首の形の違い、双方の勝ち気な性格からすれ違う。二羽の寂しい鳥のお話だ。
 再び、ヒトルークに聞こう。
論争好きで意地悪な二人の滑稽な話がノルシュテインの手にかかると、孤独についての悲しいお話になる。私にとってこれは正真正銘のチェーホフだ。決して存在しない幸福についての話、不合理で不幸せな人々が自己主張しようとして、人生を駄目にしてしまうという話なのだ。」
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by mt_pineart | 2015-01-16 13:05 | 抜き書き | Comments(0)

「ゴミ情報の海から宝石を見つけ出す」より

(マスコミについて)
「とにかく、ある種の「タブー」もしくは過剰な配慮による「自主規制」は確実にある。
 ところがネットには、そうしたしがらみがない。あったとしても、マスコミにくらべればはるかに少ない。情報の真偽はさておき、マスコミが扱いにくい問題をどんどん取り上げることはできる。この点だけを見て「ネットには真実がある」と思い込んでしまう人が出てくるのでしょう。
 しかし、その「ネットの真実」もソースは2ちゃんねるの書き込みだったり、得体の知れない個人サイトであったりすることが多い。いまの日本の状況を見ると、「報道」という観点において、広義の「ネットメディア」は「マスメディア」の比較対象にはなりえない。レベルが違いすぎます。」

(正社員を捨ててでも成功する転職とは)
「『悩んでいる』時点で、答えは出ているからです。
 結論をいうと、今はまだ転職しないほうがいいでしょう。だって、ほんとうに自分がやりたいことだったら、社員であろうがバイトであろうが、もうとっくに動いているはずなのですから。ある意味、人に相談している時点で本気じゃない。背中を押してほしいという心理が見えてしまっています。」

「ゴミ情報の海から宝石を見つけ出す」津田大介より
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by mt_pineart | 2015-01-02 18:35 | 抜き書き | Comments(0)

ラジオを聴きながらーロジャー・ニコルス、赤毛のアン、アンネの日記

今日1月2日、明日は午後10時からNHKFMでロジャー・ニコルス。
タイトルが「カーペンターズのヒットを作った男」なので心配になってHP見たら、カーペンターズは一曲だけ。
今日は濱田高志、小西康陽。
小西さんピチカートファイヴのファーストアルバム「カップルズ」で、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズからずいぶん引用してたし。
http://www4.nhk.or.jp/P3384/

ジョージー・フェイムのサムデイ・マンのカバーあったんだ。
忘れているだけか、CD引っ張り出して見てみよう。

georgie fame - someday man
https://www.youtube.com/watch?v=7kUh5U3O-ec


昨日、今日、明日と午前9時からNHKAM第2「赤毛のアン」の朗読。
聞きながら、制作。
午後2時半からは「アンネの日記」の朗読を聞きながら。
赤毛のアンは、花子とアンやってたからか。
アンネの日記は戦後70年ということで。

アンネの日記のアニメ映画があったのを思い出した。
そのころマイケル・ナイマン好きで、サントラは買ったが、映画は見てない。
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by mt_pineart | 2015-01-02 18:22 | 音楽 | Comments(0)