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赤瀬川、デ・キリコ、高荷義之、ミシェル・ゴンドリー、クロージングパーティ

先週土曜日、千葉市美術館に10時に着くように横浜から行きました。
赤瀬川原平展、見るのに2時間くらいかかりました。
下の階はなんだか最近見たことあるなあと思って、しばらくしてから松濤美術館のハイレッドセンター展で見たことを思い出しました。
汐留のデ・キリコ展、招待券があっても並ぶことになっていて、仕方なく並びましたが、中はいっぱいではなかったです。
弥生美術館、高荷義之展、水彩の技法に目を奪われました。
ワクワクしました。
国立新美術館に行くか、東京都現代美術館に行くか迷い、東京都現代美術館、ミシェル・ゴンドリー展に行きました。
映像はDVDで何度か見ていますし、ほかの展示も立ち止まることなく歩いて通り過ぎながら見れる、というか見なくてもいい展示だったので、金返せーとは思いましたが、金は払ってなかったのでした。
ミシェル・ゴンドリーはミュージックビデオはおもしろいのですが、映画は「恋愛睡眠のすすめ」を観に行ったら、退屈でこっちが眠りそうになったので、それ以来見てません。
ビデオ屋の映画は見ようと思います。
閉館6時まではかかると思いましたが、常設展もスタスタと10分で見てしまい、こんなことなら国立新美術館に行って、シェルとDOMANIを見るんだったと後の祭りでした。
それでも駅に行くまではあきらめてなかったのですが、計算すると入館30分前を5分くらいすぎるので、あきらめました。
たぶん毎回のことでしたら、シェルは10ー20分くらいで見られるのですが、入り口で断られてもおもしろくないので、断念しました。
はやめに見終わりましたが、京橋で自分の個展をしているので、会場にいることにしました。
閉廊後、クロージングパーティで鍋を囲んで吞みました。
終電で帰りました。



ミシェル・ゴンドリー展はフェイスブックでおもしろかったと書いていた方もいらしたので、私の感想は参考になりません。
ほぼまったく見るところがない展覧会というのもなかなか珍しいです。
けっこう期待していったということもありますので。
映像があるだろうから、時間大丈夫かなとも思っていたのですが、上述のようにDVDを持っているので、投影して画像が悪いものをそこでわざわざ見る必要はありませんでした。
映画は最新作のうたかたの日々のものだけで、ほかの今までの映画の展示は一切ありません。
あとは、映画のセットという名目の、ビデオ屋の素人が作る映画のセットというモチーフに則ったものでした。
これが展示全体の7割くらいを占めています。
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by mt_pineart | 2014-12-23 12:28 | 見にいく | Comments(2)

鼻煙壺、新宿高島屋クリスマス、濱田高志トーク、桑原弘明、波磨、SILENT NIGHT、高橋大輔

先々週の土曜日、午前中は用事があったので、昼から町田市立博物館に行きました。
駅からバスに乗って、さらに山を切り開いた住宅街を登ったところにありました。
鼻煙壺展、すばらしかったです。
小さいキレイな、かわいいもの好きですので、いつまでも見ていたいものでした。
次の展示もおもしろそうでした。
町田まで来たので、文学館で尾辻克彦×赤瀬川原平展も見たいところですが、3時半には京橋に行かないとなのと、駅まで戻っても違う方向なのと、尾辻克彦に焦点を当てたなら、原稿とか印刷物なら見なくてもいいかなとか、千葉市美術館で赤瀬川原平展見るからということで、行きませんでした。
新宿高島屋でクリスマス展、絵画は女性作家限定というとき以外は毎回出していたのですが、今年はお呼びがかかりませんでした。
モノクロームというテーマだし、自分の作品はカラフルだから、と思っていたのですが、見ていたら、黒と白とグレーの「絵の具の絵」出せたなあと夢想しました。
3時半には間に合わず4時前に、東京国立近代美術館フィルムセンターのトーク、濱田高志さん。
前に、ジャック・ドゥミの展覧会を見に来たときに、トークが追加であると告知していたので、これは行かなければと来ました。
が、曲を丸々流してのトークでラジオ番組のようで、私にとって音楽やラジオはだいたい、制作しながら聴くものになっていて、(このまえの濱田さんのNHKFM「今日は一日フレンチポップス三昧」も非常に興味深く、音楽も大好きで制作しながら聴いていました。録音も残しています。)ここで何もせずに座って音楽を聴いているなら、ここから2分くらいの自分の個展に行って、来るか来ないかわからないお客さんと話していた方がいいと、そそくさと出てきました。
近くのツァイトフォトのグループ展に寄って、桑原弘明展、ギャラリー椿に行きました。
作品を一人一人ライトを点けてもらって見るのに、人がいっぱい並んでいて、一つだけ見て、こんなところでならんでいるくらいだったら、ここから1分くらいの・・
桑原さんの作品は好きなのです。小さくてキレイなもの好きですので・・
が、並んでいたらもう見なくてもいいかなと思えてきました。
で、自分の個展に来たのですが、かと言って人がわんさか来ているはずもなく。
このまえの都築飲み会で来ていた、多摩美学生の波磨さんがグループ展をやっているので、旧ギャラリーショウコンテンポラリーへ。
波磨さんは、都築さんが審査員のヴァニラ画廊大賞展大賞でした。
向かいの日本橋髙島屋は8時までやっているので、扇田克也さんも出しているSILENT NIGHT展を見ました。
扇田さんの作品はいくつか買っています。
清澄白河アルマスギャラリーで高橋大輔さんのオープニングレセプションがあったので、滑り込みで行き、二次会で吞んで帰りました。
絵の具の話を聞けてよかったです。
えのぐのえ、タイトル同じものどうしです。

http://www.city.machida.tokyo.jp/…/…/museum/kikakutenji.html
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by mt_pineart | 2014-12-23 12:27 | 見にいく | Comments(0)

風景画ある。

松山賢個展「抽象画ある。彫りがある。」は12月20日(土)までです。

今回の個展で出品している作品は「抽象ガール」「彫りガール」「風景ガール」です。
「風景ガール・彫り(J.M.W.T.)」のモチーフは裸の女性が屋外に立っているというものです。
裸の女性は写実的な描写で描いています。
屋外の風景は線描で板を彫っています。
彫った線に絵の具を入れています。
背景の描写はターナーの風景画を参照して、ダブルイメージとして描いています。
公園の入り口の柵に機関車を合わせています。
線路には歩道のはしを合わせています。
「抽象ガール」では抽象画を背景に描いています。
抽象画というものがまだなかった当時、ターナーの風景画は晩年、抽象的な表現になっていきます。
抽象画というものを考える端緒として、ターナーの風景画に着目し、現代の風景表現の中に、ターナーの風景画を重ねるという作品です。

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風景ガール・彫り(J.M.W.T.)
油彩、パネル
landscape girl・engraved(J.M.W.T.)
oil on panel
60.6×72.7cm(F20)
2011



松山 賢 個展
「抽象画ある。彫りがある。」
午前11時ー午後7時
木之庄企畫
03-6262-3558
http://www.kino19.com/

20日(土)はクロージングパーティがあります。
午後7時30分から終電くらいまでです。
会費1000円です。
他のギャラリーが終わってからや、お仕事帰りにでも、ぜひお立ち寄りください。
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by mt_pineart | 2014-12-19 18:58 | 制作について | Comments(0)

松山 賢 個展 「抽象画ある。彫りがある。」

12月6日(土)午前11時ー午後7時、個展会場にいます。
地下鉄京橋駅からすぐです。ぜひお越しください。

松山 賢 個展 「抽象画ある。彫りがある。」
2014年11月29日(土)ー12月20日(土)
午前11時ー午後7時
日月祝休み
木之庄企畫
http://www.kino19.com/ja/new_site/current_new.html

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by mt_pineart | 2014-12-05 16:43 | exhibition | Comments(0)

「ユリイカ」中原淳一特集より

手作りのデザイン 柏木博
「目を大きく描くことによって、日本の女性をどこかしら西欧風の風貌に感じさせたことは間違いない。ちなみに、アメリカ製のバービー・ドールよりも日本でつくられたバービードールの方が目が大きくなっている。そのことは、目の大きさに西欧的な相貌を観念化したわたしたちの感覚をあらわしているといえるだろう。」

スタイル画と様式 岩下朋世
(高橋真琴がマンガの中に全身のスタイル画を導入したことや、マンガとは区別されていた少女雑誌に載っていた絵物語について)
「中原が1947年に創刊した「ひまわり」に出会ったことがきっかけで画家を志すようになったと語る高橋の画風は、その大目玉はもちろん、細く長い手足などのプロポーションにおいても中原に代表される抒情画や少女イラストの影響が如実である。また、高橋は1960年代以降、マンガ家としてではなくイラストレーターとして活動してゆくことになるのだが、マンガ家時代後期の作品とイラストレーターとしての作品の間には明瞭な絵柄の違いを見出すことはできない。高橋の「スタイル画」が後の少女まんが特有とみなされる様式(スタイル)を方向付ける上でもたらした大きな影響について考えるとき、彼がマンガとそれ以外の絵柄をさほどはっきりとは描き分けなかったことは注目に値する。
 高橋の仕事がマンガ史上の画期だとするならば、それまでの基準に置いてマンガらしからぬ絵柄、絵物語に目立つものであった重層的な画面構成を用いながら、この時期の高橋の仕事が基本的にはマンガとして位置づけれたことにあると考えられる。
 マンガか否かの判断基準が絵柄に大きく依存するのであれば、そもそも「抒情画風の絵柄のマンガ」は成立しづらいはずだ。高橋の作品がマンガとして扱われ、なおかつ、その「スタイル画」表現が少女マンガの中に素早く浸透していったことは、マンガと絵物語を線引きする基準の変化を示すものなのではないか。」
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by mt_pineart | 2014-12-01 21:29 | 抜き書き | Comments(0)

「ユリイカ」バルテュス特集より

メールインタビュー:春美・クロソフスカ・ド・ローラ
「ー 制作に限らず、ご自身のお考えや姿勢も含めてバルテュスが受けたもっとも大きな影響はなんだと思われますか。お考えをお聞かせください。

春美:古い芸術作品や技術に敬意を払うこと、職人を褒めたたえること、エゴを取り除こうと試みること。
 芸術作品というのは、どれだけ優れたアイデアをもっているか、どれだけ素晴らしい芸術家であるかということではなく、作品それ自体を存在させることなのです。その実現のためには、制作者は自らの存在を消す(エゴを取り去る)べきなのです。」

永山薫
(森美術館、会田誠展への抗議について)
「案の定、撤去要求の中に「これはポルノであって芸術の名に値しない」という主張が見られた。そもそも芸術とポルノの分水嶺を求めることほど不毛なことはないのだが、この裏返しである「これは芸術であってポルノではない」という擁護論同様にステロタイプで無価値なロジックである。
 分断統治が統治のイロハであり、効率的な圧政であるという単純な事実がここでも反映されているだけで、いわば無自覚な奴隷同士の政治的闘争である「表現の自由は大切だが濫用すべきではない」という保守からリベラルまでが唱えるくだらないお題目と同じだ。」
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by mt_pineart | 2014-12-01 20:28 | 抜き書き | Comments(0)