「股間若衆」木下直之

「死の直前まで、黒田清輝は裸体画・裸体彫刻問題から自由になれなかった。」

「しかし、彫刻が金属であるように、写真は紙と薬品の合成物であって、決して「生身」ではない。それが「写真」という言葉の仕掛ける魔術である。」
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-31 14:24 | 本の抜き書き | Comments(0)

個展「生きものカード(甲虫)」

b0143943_1822588.jpg



松山賢個展
「生きものカード(甲虫)」

2013年1月18日(金)~3月3日(日)
金・土・日のみ開廊
午後12時ー午後7時

オープニングパーティ 1月18日(金)午後6時ー8時

アンシールコンテンポラリー
東京都中央区日本橋馬喰町 2-5-17
03-5641-6631
http://unseal.jp/j/


 かつて松山 賢は、作品の制作動機を聞かれたときに「自分が作りたいものを作っている」と答えたことが あります。作家として極めてシンプルな解答です。しかし現代美術の世界にあってこの姿勢を貫くことはさ ほど簡単なことではありません。ここ日本では、欧米のトレンドをどう追うか、あるいはどう新しさを演出 するかがまず問題となるような状況は現在でも大きくは変わっておらず、作家たちが自分の内部の制作動機 にどこまでも忠実であることは難しいからからです。

しかし、松山は制作を始めた時から既にこの縛りから自由な作家でした。この作家の規範は徹底して個人 主義的なものであり、自分の「見ることの快楽」に忠実であろうということに置かれていたのです。この徹 底性は、たとえば性的欲望の対象としての女性の身体を、立体であれ、絵画であれ、さらにはインスターレ ションであれ、多様な形式を使いながら執拗に、反復して表現し続けてきていることに現れていて、現在の 美術シーンを見ても稀な試みだといわなければならないでしょう。

ただし、松山の作品は「見ることの快楽」が三重になっていて、シンプルでありながらも必ずしも単線的 ではありません。まずはじめに欲望の直接的な発露であるリアルな対象を見ることの快楽がきます。しかし その欲望も対象も不断に移りゆき、はかないものであるために、次にその二次的な代替物としての作品が見 ることの快楽の対象として設定されます。考えてみれば、これは洋の東西を問わず美術作品の普遍的なあり 方(からくり)に他ならず、その意味で、たとえ扱う素材が今風のポップな女性アイコンであったとしても、 松山の作品は極めてオーソドックスであるとも言えます。最後に、この美術のあり方に松山が自覚的、方法 的であることがきます。つまりこの作家は「見ることの快楽」のからくりを見る者に体験させることで、あ らためて私たちの内部にあるその快楽を指し示そうと試みるのです。

しかし、人間にとって見ることの快楽は性的欲望に限定されているわけではなく、自然の造形物だったり、 人工物だったりするわけですが、現に松山も、昆虫や動物、あるいは動物の骨、オモチャなどを対象として 取り上げています。また、最近では上にあげた「見ることの快楽の二重性」そのものに焦点をあてたより自 覚的な試みにも積極的に挑戦しています。皿に盛られた絵の具をひたすら写実的に描いた近作『絵の具の絵』 では「見ることの快楽」を見る者に一つの謎としてコンセプチュアルに問いかけるものです。

本展では、立っている甲虫と女性をテーマにした新作中心に構成されます。  どこまでも内部の欲望、快楽に忠実でありながら、その戦略的な問い返しに挑む松山の作品世界をぜひご 高覧ください。

Director 森岡 光



 幼少の頃に、自分とクワガタが手をつないでいる絵を描いたことがあった。クワガタは自分と同じ大きさで、背中を前に向けて立っていた。背中側の見えている方が、自分にとっては前だ。
 子どもの絵の発達段階において、それぞれの事物が客観的な大きさで描かれない時期がある。自分の関心があるものが大きく描かれ、関心のないものは小さく描かれる。家は自分より小さく描かれ、飼っているイヌや自分は大きく、父親が小さく描かれ、あるいは描かれなかったりする。
 子どものころに描いた絵を思い出し、それを今の描写で描いたらと、描き始めたのが、立っている甲虫のシリーズになる。自分(男の子)は女性に変わり、甲虫には模様が入ったりする。
 今回の個展は、甲虫シリーズの新作、彩色をほどこした鉛筆画の連作5点、S100号(162×162cm)の大作、欲望という名のシリーズのうち甲虫が描かれている油彩画など、13点で構成される。                 松山賢


作品写真
「生きものカード(カミキリムシ)」
 油彩、キャンバス
 162.0×162.0 cm (S100)
 2010-2012
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-30 18:22 | exhibition | Comments(0)

義理を欠く

「71から5年だと楽しくなければだめだと。楽しいということは何だろうと。結局、義理を欠くことだとこのごろ気がついた。嫌な人たちと付き合わないということです。しかし、喧嘩もしないということです。群れた社会の中に入らない。そこから、すーっと逃げるということです。」

NHKFM日曜喫茶室2006年4月23日、大野剛義さん(治コンサルタント社長)
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-28 20:37 | 本の抜き書き | Comments(0)

美術手帖2013年2月号

今月の美術手帖、ART NAVIのコーナーで、個展情報が掲載されています。文字情報のみです・・。
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-28 20:36 | 掲載記事 | Comments(0)

「美術の窓」2月号掲載

雑誌「美術の窓」2月号に個展の情報が掲載されています。
後半の「現代美術の最前線」のコーナーです。
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-21 03:15 | 掲載記事 | Comments(0)

ダダとシュルレアリスム 岩波世界の美術

(レディメイドについて)
「こうしたオブジェの多くは組みあわせの程度を変えなければならず、長続きしなかった。(中略)
 1917年のあいだに、こうしたさまざまな個人的実験は、ビュッフェの回想によれば必然性のない「デモンストレーション」が論争を呼んで、人々をよろこばさせたという。」

「油彩画のような「高級な技法」の使用はそれなりに重要なものだが、グロスはこの技法に付与された伝統的な価値の逆説をほとんど楽しんでいるかのようだ。油彩画を買うのはふつう中流か上流の階級なのに、その油彩画がこの作品ではそうした階級制度をくつがえすという攻撃的な狙いと組み合わされているのだ。他のダダたちはたいてい油彩画を避けたとはいえ、数人の画家(とくにオットー・ディックス)はグロス同様この種のコントラストを楽しんでいた。」

「エルンストは単純なコラージュからコラージュ=絵画へと方向転換し、さまざまなオブジェを予想外のやりかたで隣りあわせ、空白やサイズを組み合わせたうえで、さらに進んで諸要素の統一する媒体として油絵の具を用いることになるが、この手法はなまやさしいものではなく、1922年にフランスへ移住する前の2年以上にわたって彼の関心事となった。この過程は作品をまともなものと受けとってほしいというエルンストの願望のあらわれであり、油彩画という月並な媒体への譲歩とみなされるかもしれなかったとはいえ、むしろ油彩画の秩序と一貫性への攻撃として機能したともいえる。」

「ピカビアの宣言の凶暴なアイロニーは、展示されている彼の作品とマッチしていた。それは縫いぐるみの猿をカンヴァスに結びつけて「セザンヌの肖像、レンブラントの肖像、ルノワールの肖像、静物画」などと書きこんである作品だったからだ。「死んだ」はずなのに「秩序復帰」している写実をあざわらいながら、体制側から英雄に指名されてしまった前衛にも攻撃を加えた。」

「徐徐に自己崩壊へとむかうこの過程は、出版物や舞台を通じていよいよあらわになった。立役者はピカビアとツァラ、ブルトンであって、3人の関係はそれぞれ優位に立とうとする個性のぶつかりあいと、イデオロギー状の根本的な相違とを浮き彫りにする。ピカビアとツァラとその仲間たちにとって、ダダはあらゆる締めつけを振りはらうアナーキズム的な状態をあらわしており、無制限に継続できるひとつの状態だった。けれどもこの立場には欠陥があった。そもそも観衆をいつまでも怒らせつづけることなど不可能だったからである。」

「より広い芸術の現場から見て、パリ・ダダの解体は意味ぶかい出来事だった。以前から攻撃の的になっていた人々は安堵の吐息をついたことだろう。他方、キュビスムやピュリスムに属する人々は、ダダが手順を整えてくれた根本的修正の恩恵にあずかろうとした。党派の分裂は当時もそれ以後もダダ精神の死滅として理解されてきたが、1922年から23年にいたる出来事の推移については、絶滅というよりはむしろ仲間割れに近い性格がある。結果としてブルトンは大多数の詩人たちを見方につけ、いっそう決定的な方向にむかわせた。つまり、いわゆる「不確実な時期(エポック・ブルー)」からシュルレアリスムの創始にいたるまでの期間に支配的だった方向である。」

「なによりも革新的な裸体写真は、イメージの美的特性と女性の肉体の形状や多様性とのあいだのバランスをさぐるものだった。この点でマン・レイの作品はボワファールその他、運動に加わっていた写真家たちにひとつのトーンを与えている。その結果はいまや女性の肉体の「オブジェ化」ー女性をひとつのオブジェに還元してしまうことーについての根本的な問題をひきおこしている。エロティックに仕上げられた上半身像のイメージには、一般にその種の非難から身を守るすべがない。そうしたイメージはある種の芸術好きのブルジョワ女性のあいだでは解放の徴候になったかもしれないとか、したがって芸術家自身によって表現される解放に等しかったろう、などといってみたところで、なぜ写真のなかの男性たちが服を着たままなのかを説明することにはならない。とくにこのような場合、ひとつのイメージが解放的にあらわれているか下品にあらわれているかを決めようとすると、しばしば困難が増すばかりである。それにシュルレアリスムが「男の凝視」だという批判を受けるのは、けっして写真の局面だけのせいではないのである。」

「シュルレアリスムの政治的行動主義への参加と、商業的成功をよろこぶ側面とのあいだにできた亀裂から、かつての「英雄的」だった1920年代に約束されていたような政治と芸術との統合など、もうけっして実現できないということが明らかになった。この運動のためにブルトンが選んだ政治上の独自性は、実際にはさほど影響力をもたなかったとしても、新しい参加者がふえるにつれて、芸術上の活動は目に見えて拡大していった。」

「ベルギーのグループは長いことマグリットの作品を中心として動いてきたが、この展覧会では彼のもっともショッキングなイメージのひとつ、《強姦》をカーテンのうしろに隠した。ひとりの女性の顔にその肉体を重ねてしまうやり口は、「親和力」ーまったく無関係なものではなく、神秘的に関係しあうものを併置することーへの画家自身の最近の関心をみたすものだった。画法は月並ではあっても、題名の暴力性がこの作品の穏やかならぬ特質をとらえている。」

「1935ー36年に連続してひらかれたシュルレアリスム国際展は、最後はパリで頂点をきわめることになった。(中略)デュシャンの監督のもとに、画廊は方向感覚を失わせる環境に変えられた。石灰のいっぱいつまった布袋のようなものがいくつも天井からさげられ、細かい粉末を降らせていた。さらに火桶でコーヒー豆が炒られたり、レコードがヒステリックな笑い声をあげたり、床のあちこちに木の枝や葉がばらまかれたりしましたが、これらはみなヴォルフガング・パーレンの発案だった。あらゆる良識へのこの攻撃は暗闇によって強調されており、観客は松明をもって進まなければならなかった。衝撃は常ならぬものだったにちがいない。予測されたとおり、オープニングの夜に松明が1本ものこらなかったので、画家たちからも薄あかりの照明が要求された。」

「ダリはバゲット・パンをたずさえて記者団に挨拶しながら、1936年、レヴィ画廊の個展のためにやってきたが、この催しはアルフレッド・バーの企画による近代美術館の「幻想芸術、ダダとシュルレアリスム展」と開催時期を合わせていた。アメリカではこの種の展覧会が運動の指揮の外でひらかれたため、シュルレアリスムの制度化の第一歩が踏みだされた。それは審美的・商業的評価のパターンを新たにつくりあげ、理論的・実験的な本質から絵画を引きはなしてしまう現象であり、そんな画一化をくつがえすことはブルトンにもできなかった。彼がためらっていたこととは別にして、この種の展覧会はシュルレアリストたちの受容を容易にし、彼らの最終手段である亡命を可能にした。その過程で風変わりなものが流行し、運動は広告やファッションとかかわりあった。」

「(前略)1980年代イギリスの新しい彫刻が浮上してきた。拾い物オブジェーダダとシュルレアリスムの作品の基本的な要素ーがふたたび有力な媒体となり、マーガレット・サッチャー首相時代の消費社会の雄弁な表現になっていた。たとえばトニー・クラッグやビル・ウッドローの作品は前例のない規模で「ブリコラージュ」の方式を展開し、シュルレアリスムの併置法よりむしろ、消費者運動の不良商品分類法によってオブジェをかきあつめたものだった。しゃれた題名をつけ、不快を承知で動物をピクルス漬けにしたデミアン・ハーストの作品は、その傾向をさらに推し進めながら、同時にクーンズ、ウォーホル、ダリに通じる見世物精神への方向転換をとげ、たちまち彼ら先人とならぶ悪名をえた。これは金銭や流行との結託であり、かつてブルトンがイデオロギー上の理由から危険視していたものだが、しかしポストモダン・カルチャーの変動するイデオロギーのただなかに、そんな傾向も抜け目なく抱きこまれてしまっている。
 ダダとシュルレアリスムが広告やファッションの共通言語になったいま、芸術的実験と政治的解放とのあいだの関係も商業主義側の応急処置によって切りはなされている。それにつれてイメージ表現の効力は弱まった。同時に、テレビのコマーシャルに使われるオペラのアリアのように、くりかえし応用されている「驚異」の言語が、今日の大衆視覚文化のさまざまな局面を豊かにし、日常生活における非合理の受容を促進してきたのである。」
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-17 03:28 | 本の抜き書き | Comments(0)

溶ける魚ーつづきの現実



b0143943_23222416.jpg





「溶ける魚ーつづきの現実」
http://tokeru-sakana.jimdo.com/

<第1会場>
■京都精華大学ギャラリーフロール
2013年1月10日(木)〜1月26日(土) *日祝休館
10:30~18:30

京都市左京区岩倉木野町137 
TEL 075-702-5291
www.kyoto-seika.ac.jp/fleur

<第2会場>
■Gallery PARC(ギャラリー・パルク)
2013年1月10日(木)〜20日(日) *月曜休廊
11:00~19:00 *最終日18:00まで

京都市中京区三条通御幸町弁慶石町48三条ありもとビル [ル・グランマーブル カフェ クラッセ] 2階
Tel / Fax 075-231-0706 
www.galleryparc.com

出展作家=荒木由香里、衣川泰典、木村了子+安喜万佐子、高木智広、中屋敷智生、
     花岡伸宏、林勇気、藤井健仁、松山賢、満田晴穂、麥生田兵吾

京都精華大学会場では、「絵の具の絵」シリーズ17点を展示します。
[PR]

by mt_pineart | 2013-01-14 23:16 | exhibition | Comments(0)