怪人カードの誕生

いままでの「動物カード」「いきものカード」は「怪人カード」としてはじまったものの一部でした。
そして、いよいよ「怪人カード」がはじまったのです。


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怪人カード(土器怪人カエン)
45.5×33.3cm (P8)
キャンバス、油彩
2014
supervillain card (Earthenware supervillain Kaen)
oil on canvas



日本美術史を参照、援用した怪人です。
縄文土器の火炎式土器が怪人となったものです。
炎につつまれ焼かれて土器、怪人となります。
その炎は中世の絵巻、不動明王図などから来ています。





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怪人カード(土偶怪人シャコウ)
油彩、キャンバス  
45.5×33.3cm (P8)
2014
supervillain card (earthen figure supervillain Shako)
oil on canvas



縄文時代の遮光器土偶をモチーフとした怪人。
背景は平安時代の浄土教美術の阿弥陀来迎図 に由来したもの。
まぶしい光を遮光器で遮っています。




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怪人カード(土偶怪人カックウ)
53.0×45.5cm(P10)
キャンバス、油彩
2014
supervillain card (Earthen figure supervillain Kakku )
oil on canvas



北海道で発掘された国宝の中空土偶がモチーフです。
土偶の文様は入れ墨を表現したものと考えられています。
盛りあがった部分は、傷をつけたケロイドを利用して瘢痕文様としています。
原始的な風習の身体装飾として、アフリカなどであります。
背景は漆の技法の金銀砂子を参照しています。
その空間は宇宙空間のようであり、宇宙から飛来した怪人なのです。





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by mt_pineart | 2017-03-20 22:59 | 制作について | Comments(0)

怪人カードにいたるまで

「怪人カード」シリーズは、新シリーズのようですが、いままでの「動物カード」「いきものカード」に続くものです。
というより、「怪人カード」こそ、それらのシリーズのはじまりなのです。
ベースボールカードなどのトレーディングカードがモチーフとなっています。
仮面ライダーカードを私は集めていました。

「怪人カード」のシリーズのはじまりは、フェレットが立ってファイティング・ポーズをとっているものでした。


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動物カード
Animal card

油彩、キャンバス
oil on canvas

53.0×45.5cm(F10)

2005




これにつづく怪人を描く予定でしたが、昆虫が立ったものに移っていきました。
つづくのは「いきものカード」でこれらは「怪人カード」の一部です。
美少女の美術史展(青森県立美術館、静岡県立美術館、島根県立石見美術館)に出品しています


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いきものカード(クワガタ)
Creature card ( Stag beetle )

油彩、キャンバス
oil on canvas

145.5×145.5cm (S80)

2007




次は着ぐるみが怪人です。
仮面ライダーショー、ウルトラマンショーなどでも着ぐるみが出てきます。



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いきものカード(ウサギとフェレット)
Creature card ( rabbit and ferret )

油彩、キャンバス
oil on canvas

145.5×145.5cm (S80)

2007




もはや、いきものでないもの、マネキンもいきものの仲間入りをして怪人として「いきものカード」に入っていきます。



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いきものカード(マネキン)
Creature card ( mannequin )

油彩、キャンバス
oil on canvas

145.5x145.5cm (S80)

2007



などなどそのあと「いきものカード」として続いていきます。
http://www.geocities.jp/mt_pineart/ikimono5.html
http://www.geocities.jp/mt_pineart/skate2.html
http://www.geocities.jp/mt_pineart/skate1.html
http://pineart.exblog.jp/16256583/
http://pineart.exblog.jp/20129283/
http://pineart.exblog.jp/20129305/
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by mt_pineart | 2017-03-20 22:58 | 制作について | Comments(0)

西武渋谷「SHIBU CULTURE」展中止後に美術画廊担当者に話を聞きに

2011年2月6日に、3月12日からはじまる「激凸展」の打ち合わせで、アンシールコンテンポラリーに行きました。
12時から5時半までかかりました。
その後、日曜日に開いているギャラリーに行きました。
原宿から、表参道、渋谷へと歩いて移動しました。
靴擦れして、足が痛くなり、雨が降ってきました。
帰って体重計にのったら2㎏減っていました。

渋谷のハチ公前交差点で、西武渋谷店がすぐそこだと気づきました。
ここまで来ているのだからと、美術画廊に寄ってみました。
美術画廊の担当の方がいたので、お話しました。
話は長時間になってしまいました。

以前電話で聞いた話で知っている範囲で書いた、前回のブログとは違う部分もあります。
私の考えも書いているので、前回の記事は残しておきます。

今回の件の経緯として改めて聞いたことです。

あるところに、ある個人から、今回の展覧会は百貨店の展示に似つかわしくない、という苦情があった、と西武渋谷店の店幹部から、美術画廊に伝えられました。
あるところ、とは私がぼかしているわけではなく、美術画廊が店幹部から聞いたときにそういう表現だったということです。
店幹部と美術画廊は、対応を検討しました。
はじめは、そのまま続行しようという考えもありました。
その後、店幹部の方から、どの作品について言われているかはわからないが、言われているものに当たるのではないかと思われる作品を推定して、その作品を外し、壁面の仕切りをし、画廊前面部分のみでの展示に展示替えをしました。
2月1日の昼過ぎのことです。
そうなると、出品作家として名前が出ている方で作品がない方もいる状態となりました。
展覧会として全体で企画されたものを、不完全な状態で展示するくらいであれば、中止にしようと、中止を決めました。
全体としての展覧会であるので、それを曲げて展示するということなら、中止にしようという判断だったようです。
理由はどうあれ、結果的には中止ということに変わりはありません。

2月1日夜、電話で各作家に中止になったことと、その理由についての電話がありました。
その内容と2月6日に聞いた話では齟齬がありますが、それについては後述します。

次の日、美術画廊は店幹部から、あるところとは本社であるということを聞かされました。

マスコミからの取材の対応は、広報部がすることになっていて、美術画廊の方が直接取材に答えたくても、対応はすべて広報に回されるということでした。

今まで西武渋谷店では照沼ファリーザの展示もしています。
AV女優でセルフヌードを撮っている写真家です。
そのときには美術画廊に、苦情があったそうです。
美術画廊、店に苦情があった場合は、美術画廊の担当者が対応し、お話をし、展示作品を撤去したり、展覧会を中止にするということはなかったそうです。

今回の件は、本社に苦情があり、渋谷店、美術画廊というように伝えられたために、中止ということになったようです。
直接お客さんから、画廊、店舗の方に苦情があった場合は、直接お客さんと対応できますが、本社に苦情があった場合はそれができません。

2月1日夜に電話で聞いた話は、以上の内容とは少し違うものでした。
それは、美術画廊担当者がその段階では、苦情が本社からものであったということを知らなかったということ、美術画廊担当者がわからないながらも、作家に説明しようと推測で言ったことが、原因だったように思われます。
その説明が、その後のマスコミの記事の内容と違いを生むこととなり、混乱した情報となることになりました。

電話で聞いた理由の内容です。
ある個人から、ある公共の団体に苦情が入り、その団体から渋谷店に苦情が来た、その団体がどこかは言うことができない、というものでした。

実際は本社から苦情が伝えられたものを、店幹部からは美術画廊担当者が知らされていないために、推測を交えて、ある公共の団体からという話になってしまったようです。
知らされていないので、その団体がどこかは言うことができない、ということになったようです。

6日に直接会って話したときに、団体の名前を出したくないために、そのように言っているのではないかと、何度も問いました。
他の話の内容と整合性から、他の話についてもぼかそうというつもりで話しているのではないと思いました。

都条例との関連の話についても聞いたと、ツイッターで書いた出品作家もいたようです。
それも、美術画廊担当者が電話で作家に中止の理由を説明したときに、そういうこともあるかもしれない、というようなことを推測で言ったようです。

推測でいろいろなことが書かれる元が、もともとの発信の方の推測にもあったのです。

広報部がプレス対応で話したことがネットなどのニュースになった内容は、その通りではないかと思います。
作家が電話ではじめに聞いた話をツイッターなどに書いたこととの食い違いは、そういうことです。

今回の展覧会中止の件については慢心があった、と美術画廊担当者は言っていました。
今まで、そのような表現の展覧会があったときには、ここまでの反応はなかったということ、美術画廊、百貨店に苦情があったときには中止になどすることなく対応できたが、本社に苦情が行くことはなかった、想定していなかったということ、ゾーニング、美術画廊内の断り書きや仕切りなどについて考えていなかったこと。

(この項つづく・・・のか・・もういいかげんパソコンの前から離れて制作に戻らなければ・・・続けないかも)
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by mt_pineart | 2016-01-29 19:40 | 制作について | Comments(0)

西武渋谷店「SHIBU CULTURE」展中止の後

(2011年2月6日に西武渋谷店に行き、美術画廊担当者に改めて話を聞いてきました。
 その内容と違う部分が以下にありますが、これはこれで残しておきます。
 2月6日の話はこちらです。
  http://pineart.exblog.jp/14875127/)


ネットや新聞のニュースにもなり、展覧会中止について、多くの人が知ることとなりました。
いろいろな推測や誤解も書かれていますので、私の関わっている範囲で、書いていこうと思います。
あくまでも、私の知っていることや関わっていることから書くということにすぎない、という前提で読んでください。

展覧会中止の知らせがあったのは、2月1日夜のことです。
美術画廊の方は、私に一番はじめに電話したということでした。
中止になったことによって、これから見に行こうという方に、早く知らせた方がいいとツイッター、ブログ、mixi日記にすぐに書きました。
西武渋谷の担当の方からも、その旨がありました。
メールで展覧会の案内も送っていたので、全員にメールで展覧会中止のお知らせ、を送りました。
メールソフトとサーバーの調子が悪く、途中から送ることができなくなり、次の日までかかりました。

展覧会を中止になったことを知らずに、展覧会場に行く人が出てくることを、まずは心配しました。
私にとっては、それがまず一番の問題でした。
実際、恐れていたとおり、朝一で展覧会に行き、そこで中止になったことを知ったという方からメールの返信がありました。

中止の経緯について聞いたことは、中村ケンゴさんがツイッターに書いたとおりです。
ケンゴさんとは電話で情報の確認と今後の姿勢について話しました。
聞いたことを書くことによって、憶測を広めないものにしたいので、ツイッターに理由を書くということでしたので、そこは任せました。
その段階では、西武渋谷の担当の方から、中止になったことと、理由について書き込みがあるかもしれないと思い、私はそれから考えようと思いました。
また、聞いた話を書くだけでは、不明な情報もあり、またさらに憶測を呼ぶのではないかと思いました。

電話で担当の方から中止を聞いたときに、私には驚きも、怒りも憤りもまったくありませんでした。
そんなこともあるだろうなあと思いました。
今でもそうです。

私にとってはこのような経験は初めてではないのです。
展覧会自体が中止にまでなったということはありません。
出品拒否になった展覧会場の駐車場にトラックで乗り付けて、その中で展覧会をしたこともあります。

今回の件は、百貨店での展覧会だったということです。
百貨店によってそれぞれ違いますが、裸をモチーフとした作品を出品できないというところもあります。
不特定の買い物に来たお客さんが、展覧会を見ることを目的に来たわけではなく、ふらっと立ち寄ることも考えられます。
むしろそちらの方が多いかもしれません。
そのためどのような作品でも展示できるということではありません。

百貨店は、お客さんからの意見には従うことがよくあります。
それが複数であるかとか、重要な顧客であるとか、団体であるとかないとか、強いとか弱いとかには関係がありません。
一人のお客さんが苦情を言うことで、展示作品が引っ込められるということはあります。
性的な作品に限らず、怖いとか、気持ち悪いとか、その他どのような理由でも同じだと思います。
それは百貨店に限らず商業施設ならありうることです。
美術画廊に限ったことでもないと思います。
ですから、どの作品がとか、誰が言ったとか、ということにはあまり意味はないのです。
どの作品でも、誰が言っても、同じような結果になるのです。

ですから、私は今回の件が広まることによって、そういう目で百貨店で見に来る人がいる可能性があるのではないかと危惧します。
他人事として、ネット上で盛り上がることには、異をとなえます。

中止になったことよりも、そちらの方がうんざります。
都条例との関連で書いている方もたくさんいます。
それとは関係ありません。
このようなことは今に(都条例が決まってから)始まったことではないのです。

都条例や表現の自由など、今回のことと直接的に関係ないことを、関係あるかのようにして、人の褌で相撲をとっている人も多く見かけます。
それはそれで、それぞれで、別のところで、書くなり話すなりしてはいかがでしょうか。

百貨店での展覧会だったということで、美術館やギャラリーの展覧会での話ということではありません。
美術館やギャラリーでも、作品撤去、展覧会中止ということは今までもあります。(私がということではありません。)
最近もありますし、歴史的にもあります。
それはそれでまた別の話です。
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by mt_pineart | 2016-01-29 19:34 | 制作について | Comments(0)

蝋燭を描いた絵

蝋燭を描いた作品のシリーズは2011年からはじまっています。
http://pineart.exblog.jp/17383277/
http://pineart.exblog.jp/17395514/

私は高校生まで岩手ですごしました。
「震災後の日本において、先の見えない復興、放射線汚染、デフレによる見通しの暗い経済の中、明るい希望をともす灯に鎮魂の思いを込めて蝋燭を描きました。ひとつひとつひとりひとりの希望の灯は小さくとも、その絆によって結ばれた灯りで暖かく照らしていきたい」などということは全く考えていないのでした。

「絵の具の絵」という絵の具皿に油絵具をチューブから出したのを写実的に描き、その周りをその絵の具で色面を塗るという作品を描いていました。
http://pineart.exblog.jp/16115800/
http://pineart.exblog.jp/24065886/
http://pineart.exblog.jp/19461383/

その作品を説明するときにふと「なんの変哲もない絵」という言葉が出てきました。
なんの変哲もない絵→高島野十郎→蝋燭の絵→クリスマス展に蝋燭を描いて出そう
という連想で蝋燭を描きはじめました。
月を描いた作品も高島野十郎が月を描いていたからです。
クリスマス展が高島屋で開催されるものだったのは、ただの駄洒落と偶然です。
http://pineart.exblog.jp/17395663/

「地図」という作品は、地に描かれた模様をシルエット状に抜くとそこに人物像が現れるように見えます。反転して人物像の上に模様(図〈人物〉が地となった上の図〈模様〉)が、描かれた人物とは関係なく、独立した層として人型に模様(図の上の図)を描いた(だけの)ものとして存在します。
刺青やボディペインティングのように身体の表面にあるように一見みえます。しかし、模様には陰影や立体感はなく、イリュージョンとしての人物の上ではなく、人物を描いた物理的な絵画面の上に、層として存在しています。
http://pineart.exblog.jp/16256539/
http://pineart.exblog.jp/14571212/
http://pineart.exblog.jp/16255595/

人物像そのものに描いているのではないということをはっきりさせるために、模様をずらした作品もあります。
http://pineart.exblog.jp/20619489/
「物」であるモチーフに描いたものではないことを、よりはっきりするために、蝋燭を描いた絵や月を描いた絵では、絵画のイリュージョンの中で空間でしかない部分、「物」そのものではない描けないところに模様を描いています。
http://pineart.exblog.jp/23275119/
模様が、イリュージョンとしての絵画におけるモチーフとは別であるということを示ように、絵画面をゼロとしたとき、物理上プラスとして盛り上げたり、マイナスとして模様を彫刻刀で彫ったりしています。




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写真の絵・盛り(蝋燭)
photo painting・heaped (candle)
油彩、キャンバス
oil on canvas
41.0x27.3cm (P6)
2013





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写真の絵・彫り(蝋燭)
photo painting・engraving (candle)
油彩、板
oil on board
41.0x27.3cm (P6)
2013



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写真の絵・盛り(蝋燭)
photo painting・heaped (candle)
油彩、キャンバス
oil on canvas
60.7x45.5cm (P12)
2014

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写真の絵・彫り(蝋燭)
photo painting・engraving (candle)
油彩、板
oil on board
60.7x45.5cm (P12)
2014























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by mt_pineart | 2015-05-14 13:37 | 制作について | Comments(0)

風景画ある。

松山賢個展「抽象画ある。彫りがある。」は12月20日(土)までです。

今回の個展で出品している作品は「抽象ガール」「彫りガール」「風景ガール」です。
「風景ガール・彫り(J.M.W.T.)」のモチーフは裸の女性が屋外に立っているというものです。
裸の女性は写実的な描写で描いています。
屋外の風景は線描で板を彫っています。
彫った線に絵の具を入れています。
背景の描写はターナーの風景画を参照して、ダブルイメージとして描いています。
公園の入り口の柵に機関車を合わせています。
線路には歩道のはしを合わせています。
「抽象ガール」では抽象画を背景に描いています。
抽象画というものがまだなかった当時、ターナーの風景画は晩年、抽象的な表現になっていきます。
抽象画というものを考える端緒として、ターナーの風景画に着目し、現代の風景表現の中に、ターナーの風景画を重ねるという作品です。

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風景ガール・彫り(J.M.W.T.)
油彩、パネル
landscape girl・engraved(J.M.W.T.)
oil on panel
60.6×72.7cm(F20)
2011



松山 賢 個展
「抽象画ある。彫りがある。」
午前11時ー午後7時
木之庄企畫
03-6262-3558
http://www.kino19.com/

20日(土)はクロージングパーティがあります。
午後7時30分から終電くらいまでです。
会費1000円です。
他のギャラリーが終わってからや、お仕事帰りにでも、ぜひお立ち寄りください。
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by mt_pineart | 2014-12-19 18:58 | 制作について | Comments(0)

高橋真琴

今のアニメの萌え絵のキャラクターはどこから来ているのか、考えています。
手塚治虫、少女マンガからだろうとぼんやりと考えていて、4月に西武渋谷、ギャラリー向日葵、この前代々木上原で、高橋真琴展を見に行って、あらためて高橋真琴からではないかと思いました。
少女マンガの大きい目の源流が、竹久夢二ー中原淳一 ー 高橋真琴 ー少女マンガという流れにあるのではないかと考えました。
竹久夢二の絵がどこから来たのかということもありますが、中原淳一から高橋真琴の目の大きさと星へという穴を埋めるミッシングリンクがなにかあるのではないかと漠然と考えていました。

カワイイの原点 高橋真琴展
http://space8.jp/schedule/2014_10/

私の作品の「大首絵シリーズ」は、高橋真琴 ー 少女マンガの目の大きいかわいい女のコが主に正面を向いていて、まわりに花が囲んでいる絵を、写真的写実で描くという作品です。

松山賢「大首絵」シリーズ
http://pineart.exblog.jp/16256264/
http://pineart.exblog.jp/16256386/
http://pineart.exblog.jp/14571113/

美少女の美術史展で、竹久夢二、中原淳一、内藤ルネ、高橋真琴と並んでいる作品を見ていると、やはり、高橋真琴が特異点なのです。
そこに大きな飛躍があるのです。

展示を見てから、応接室で出品作家や美術館の方と話しているときに、その話をすると、高田明美さんがやはり高橋真琴さんからだということをお話されていました。
企画したトリメガ研究所のなかでアニメに詳しい村上さんにお訊きしても、即座に高橋真琴だという答えがありました。

帰ってから、あらためて家にある高橋真琴作品集を見ると、こんな文章がありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 瞳のビッグバンと宝塚歌劇

少し時代を遡ってみよう。
高橋真琴の絵の源流をたどれば、抒情画や藤田嗣治の絵などを経て、浮世絵の美人画に行き着く。喜多川歌麿の美人大首絵と高橋真琴のバストアップの少女絵の間には、そんなに大きな隔たりはないと思う。
 でも、目は決定的に違う。浮世絵に描かれた女性の目は、とても小さくて細い。(中略)
 土偶の作者を別にすれば、大正時代に活躍した竹久夢二が、「大きな瞳の女性の絵」で脚光を浴びた初めての日本人だろう。ところが、抒情画第一世代の彼の描く瞳は、今見るとちっとも大きく見えず、浮世絵の切れ長の目からあまり遠くない。
 竹久夢二の影響を受けつつ、抒情画界に彗星のように現れた中原淳一が昭和10年代に少女の瞳をグッと大きくまるくした。その瞳の大きさは「異様」の域に肉薄していたが、それでもまだまだ手ぬるい。
 高橋真琴が貸本まんがを描きはじめた昭和20年代後半は、抒情画が衰退し、少女まんがが台頭する大転換期だった。「リボンの騎士」で少女まんがの原型のひとつをつくった手塚治虫などは、すでに異様に大きな瞳の少女を描いていた。 
 こうして段階的に育った瞳のサイズとは違って、瞳の星は、気づいたらそこらじゅうで輝いていた。
 高橋真琴が雑誌デビューした昭和30年代前半には、横山光輝や水野英子、松本零士(当時は松本あきら)が、瞳の真ん中に十字に光るほしのようなものを描いていた。これは当時の流行だったようだ。といっても、シンプルすぎるこの白十字は、高橋真琴が完成させた星座入りの過剰な瞳とはかなり違う。
 少年まんがと少女まんがが未分化だったこの混沌の時代に、高橋真琴が少女まんがに独自の道を示した。少女の瞳は一気に進化、開花していく。その中で、高橋真琴の描く瞳も、輝きを増していった。
 高橋真琴は宝塚歌劇の大ファンで華やかなタカラジェンヌたちの、ライトを浴びた瞳の輝きを絵で表現してみたら、星になったと言っている。
 (後略)

「少女ロマンス 高橋真琴の世界」 
 天球の瞳がもたらしたもの 中野純 より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

美少女の美術史展には、喜多川歌麿の大首絵、竹久夢二、中原淳一、高橋真琴、手塚治虫のリボンの騎士が展示されています。

アニメの萌えキャラクターからは少し離れてしまったかもしれません。
ぼんやりと考えていたことが文章になっていてハッとしましたが、だいぶ前に読んでいるはずで、読んだことを忘れいていて、内容が頭の片隅に残っていただけなのかもしれません。

大首絵(コサージュ)
油彩、キャンバス
27.3×27.3cm(S3)
2008
ohkubi-e (Bust portrait) /corsage
oil on canvas


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by mt_pineart | 2014-09-23 16:20 | 制作について | Comments(0)

バラの形の模様(BOSS GUITAR / WES MONTGOMERY)について

「たかしまやアートウォーキング』
―暮らしにアートをー
2013年4月24日(水)ー5月7日(火)
新宿タカシマヤ1階ザ・メインスクエア
出品作品バラの形の模様(BOSS GUITAR / WES MONTGOMERY)について

人物や昆虫そのものに模様を描いたものではないということを示すために、形のはっきりしないものや、より形が入り組んでいるものの上に模様を描く、ということは雲の絵のジャケットのところで書いた。
次に描いたのが、花(バラ)の絵。
雲もバラも、油彩画で並行して描いている。

バラと言えば、好きな曲、映画「酒とバラの日々」のサントラ。
曲はヘンリー・マンシーニ。
http://www.youtube.com/watch?v=g823dAO_IGU
コメディアンとしてのイメージが強いジャック・レモンがアルコール依存症を演じる。

THE DAYS OF WINE AND ROSES
HENRY MANCINI ORCHESTRA
と文字を書こうと考えたが、バラの絵で「酒とバラの日々」では芸がない。
「酒とバラの日々」のカバー曲で思い浮かぶのは、ウェス・モンゴメリーの中でも一番か二番に好きなアルバム「BOSS GUITAR」
こちらが元のアルバムジャケットと曲。
http://www.youtube.com/watch?v=JadIhIihTFw

バラの模様部分は、雲の模様と同様、アクリル絵具で模様を描き、鉛筆でバラを描くと模様が浮かび上がってくる。
つやが出るアクリルメディウムで模様を後から盛り上げる。

http://pineart.exblog.jp/20382006/

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by mt_pineart | 2013-05-03 19:17 | 制作について | Comments(0)

「雲の形の模様(DAWN (GO AWAY) / THE FOUR SEASONS」について

『たかしまやアートウォーキング』
―暮らしにアートをー
2013年4月24日(水)ー5月7日(火)
新宿タカシマヤ1階ザ・メインスクエア
出品作品「雲の形の模様(DAWN (GO AWAY) / THE FOUR SEASONS」について


人物のシルエット状に切り抜いた模様を、人物の上に描くという作品を描いていた。
ボディペインティング、刺青のように、身体に模様が描かれた人物を描いているように見えるが、身体の凹凸に沿って模様の形が変化してはいない。
人物の形に切り抜いた模様が、レイヤーの平面として、上に距離をもって(たとえ0mmだとしても)乗っかっているという絵画だ。

人物や昆虫そのものに模様を描いたものではないということを示すために、形のはっきりしないものや、より形が入り組んでいるものの上に模様を描いた。
その一つが雲の絵である。
雲の絵でのレコードジャケットが思いついて、それから曲について考えた。
すぐに思いついたのが、サイモン&ガーファンクル、サークルもカバーしている「cloudy」
かわいらしくて、せつない好きな曲。
http://www.youtube.com/watch?v=L-fIO7_HJBo

cloudyは雲の、という意味もあるが、どちらかというと曇りかなと思い、違うかもしれない、雲で雲の絵も芸がない、と思ってやめた。
夕焼けの写真を元に描いた絵だが、朝焼けにも見えるので「dawn」が思い浮かんだ。
朝焼けの絵で朝焼けで結局芸がない、には変わらなかった。

フォー・シーズンズは大好きなグループで、おそらく全部CDを持っている。
東海岸イタロアメリカンによるホワイト・ドゥーワップグループ
60年代、ビートルズを代表とするブリティッシュインベイジョンに対抗できたアメリカ勢は、モータウン、ビーチ・ボーイズ、フォー・シーズンズくらいだった。
「DAWN(GO AWAY)」は1963年のアルバムタイトル曲。
こちらが元のアルバムジャケットと曲。
http://www.youtube.com/watch?v=Cw-gxdscIiY

雲の模様部分はアクリル絵具で模様を描いた上から、鉛筆画を描くと浮かび上がってくる。
透明水彩と色鉛筆で着彩したあとに、つやの出るアクリルメディウムで模様の線を盛り上げる。
写真では見づらい(実作品でも見えにくい。)が下の黒い山並みに描いてある、DAWN(GO AWAY)11 OTHER GREAT SONGS THE 4 SEASONS
の文字も同様に描いてある。

http://pineart.exblog.jp/20382006/

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by mt_pineart | 2013-05-03 19:12 | 制作について | Comments(0)

シュルレアリスムについての文章

京都で行われる展覧会「溶ける魚 つづきの現実」で、シュルレアリスムについての文章を書きました。
他の出品作家の文章はこちらです。
http://tokeru-sakana.jimdo.com/comment/



「シュルレアリスムは、1.嫌い 2.解らない、が与えられたとせよ、あるいは、シュルレアリスムについて私が知っている二、三の事柄」

 シュルレアリスム絵画を初めて知ったのは、高校生のころだった。デルヴォー、マグリット、ダリの作品に、はじめは驚き、おもしろく感じていた。しばらくして、だんだんといいと思わないようになっていった。一瞬驚き、わかりやすいおもしろさは、減退していき、嫌ったらしい気持ち悪さを感じるようになった。
 わかりやすいおもしろさというものには危険がともなう。デザイン、広告などに消費されるようになっていき、大衆性を得ることによって、そこにとどまるということになってしまう。
 学生の頃、シミュレーショニズムを新しい動向として知り、影響を受けてきた。20年以上を経て、今さらシミュレーショニズムの影響が作品に出てくるのは、古いことではないかと考えた。シミュレーショニズムも、ポップアート、オプアートなどと同様、今となっては、ファイン・アートだけでなく、デザイン、広告などに取り入れられ、消費され、当たり前の感覚、一つの手法として使われている。一つの手法として定着したもので、他の手法と並列なものと考えればいいのだろうと思った。シュルレアリスムについても同様である。
 気持ち悪い、と一言で言っても広い意味がある。ここでいう気持ち悪いは、作家の欲望が直接に出ていることに閉口するというような感覚である。
 例えばモリニエの写真、コラージュ作品は、好きだ。ところが、モリニエの絵画になると、気持ち悪くて見ていられない。首のあたりがイガイガするような心持ちがする。ベルメールの人形写真は素晴らしいと思うが、ドローイングは気持ち悪い。
 表現するときに、ワンクッション、何かを介在させると、その気持ち悪さは解消されるのではないかと思う。描くという行為により、支持体に直接、表されるより、オブジェを作り、写真に撮るというのが、それにあたる。棟方志功の板画と肉筆画にも言える。
 澁澤龍彦経由幻想絵画、関節人形、はてはSMサブカルチャー趣味というのが、その袋小路に入ってしまったものとして気持ち悪い。しかし、これは人形であり、写真であったりするので、必ずしもワンクッション置いたものによって、気持ち悪さが解消されるというものでもないようだ。
 日本画制作をやめて、関節人形の制作を経て、彫刻作品を作りはじめたとき、自分の作品が、気持ち悪い閉塞したものになってしまうのではないかと危惧した。自分で言うしかないが、作品にユーモアがあったり、違った要素が入っていったりしたので、その方向に行かなかったと安堵した。しかし、他人から見たら、同じようなカテゴリーで気持ち悪く見られているということもあり得る。
 私がシュルレアリスムを最も体現していると考える美術家は、ジャクソン・ポロックだ。実際、ポロックはシュルレアリスムの影響を受けた絵画を描いている。シュルレアリスムの手法の一つ、自動書記を絵画において成し得たのが、ポロックのドリッピングだと考える。
 とは言え、ポロックのドリッピングは画面の四角を意識し、構図を考えながら、描かれたものだろう。ブルトンの自動書記の文章は、フランス語の文法を無視したものにはならなかったということだ。さらに、自動書記で書いた文章を推敲したという。完全な自動書記というのは、美術においても、文学においても、できるのだろうか。
  松山賢
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by mt_pineart | 2012-12-28 22:26 | 制作について | Comments(0)